どんと来い!
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終わりは始まり。
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今回で最期。

なんか昨日はバタバタしてて実感がなかった。

解っては居ても、まだある気がして。

徐々に想いが湧いてきて。

最期だと言われてもまた次、ある気がして。
それは僕だけ世界が動いていないからか?

だとしてもやっぱりまだやれると思うんだよね。

解散って言葉は「理解した上で散り散りになる」ってことか?

寂しいな。

一年大変だった。
でも毎週同期や後輩たちと会って、練習して、ごはん食べ行ったりして。

楽しかったなぁ。


ホント劇団員、参加メンバーみんなに感謝。
ありがとう。
僕はみんなが大好きです。
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DATE: 2010/01/18(月)   CATEGORY:
かわいいは正義。
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うちの「じゅん」。
人間で言うと80歳を超えるおじいちゃんなんだけど、なんともカワイイ。
だけど、老齢のせいで目が見えてないのです。
とは言え元気いっぱいだし、ご飯食べてると
「俺にもわけろよ!」
とキャンキャン鳴く。
あげませんけどね。

多分体には良くないけど、ブラックコーヒーが好きな犬です。
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DATE: 2010/01/17(日)   CATEGORY:
忘れてはいけない。
あの忌まわしき震災があったとき、僕はまだ小学生だった。
すでに九州に住んでいた僕には親戚はおれど、結果、直接被害はなかった。

ただあの日、たまたま風邪を引き学校を休んでおり、テレビをつけた時に広がったあの光景は未だに忘れられない。
最初、ドラマか映画だと勘違いしてしまうほどの光景だった。

そしてそれから、ちょっと縁があり、震災から一ヶ月しないうちに神戸の街を歩く機会があった。

もちろん、それまでにテレビで凄まじい状況を見てはいたが、生で見た神戸の街はとても言葉では言い表せないくらいの有り様だった。
体験してないが、まさに戦争の後ってこんな感じなのだろうと大きな衝撃、そしてあの震災が如何に悲惨なものだったかを知った。
僕があそこにいたらどうなっていただろう。
天災は何処でも起こり得る。自分が被災者になっていてもおかしくない。
そう思うと、とても怖く、とても悲しくなった。

それからも何回か神戸に行く機会があったが、訪れる度に街は驚くべき復興を遂げていた。
人間の力、想いってすごいんだなと感じた。

あの震災から15年。

戦争や事故とは違い、あの過ちをなどと言うことは出来ず、天災だと受け入れるしかない遺族の方々。
その気持ちは我々には想像することも出来ないくらいに大変なものだろう。

教訓だなんだと言えないし、言うつもりもない。
ただ突然未来を奪われた6434人の方々のご冥福を祈り、あの震災を忘れないようにすることしかできない。
命に感謝。


合掌。
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戯れ言。
mixiにもこっちのブログにもにも記事を載せておるのですが、今までは同じ記事をupしてたんだけど、年末にこっちを写真ブログとしたことで解ったことがある。

コメントを気にする必要がない。

mixiに載せるときは100人以上いるマイミクが見る可能性があって、平均5~10件のコメントがつく。
そうすると少なからずコメントを意識した文章を書くわけだ。
この記事にはこの人のコメがつきそうだな…とか。
逆にコメントがつかなさそうな記事は載せない。

なんかコメントないと人気ないみたいじゃない。

で、こっちのブログ。
正直、誰も見てないことを前提として更新してます。
だからどうでもいいことをupできる。
それはある意味、格好の暇つぶし。

というわけで、たまには長い文章も載せるけど、基本はポケーっとした記事を載せていこうと思います。

数少ない読者様(2、3名か?)、お付き合いくださいませませ。
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Tully'sもいいけどSBCもね。
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じいちゃん退院のため、手伝いで帰省中。
コーヒー片手に新幹線に乗り込む。

新幹線はちょっとした旅行気分を提供してくれる。
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イサクの燔祭。
ミッション系、ユダヤ教系(日本にあるのか?)の学校に通った人々ならば、恐らく一度は学んだであろうイサクの燔祭。
旧約聖書に記されている話である。

父・アブラハムが神から命じられ、愛する息子イサクを生贄に捧げる。
そしてアブラハムは神を信じ、イサクを祭壇に連れて行き、刃物を振り上げたその時、神の使いが現れて、その行為を止めさせた。
そして近くで草に引っかかっていた羊を代わりに捧げましたよって話。

そのイサクが180歳まで生きたってのも解せないんだけども、それ以上にこの話自体がイマイチ解せない。
このイサクの燔祭の動機(目的)は3つだと言われている。

一、アブラハムの信仰心を試すため。
二、儀式が行われる場所モリヤの山が神聖な場所であると示すため。
三、当時イスラエル民族に横行(?)していた人身御供を絶つため。

といったことらしい。

まず動機として言われている2番目の「モリヤの山が神聖な場所だと示すため」という話。
これがもし神の試練の動機だとするならば、ますます旧約聖書というものは胡散臭いものとなってしまう。
神格化というものを神自身が無理矢理やろうとしたことになってしまうからだ。
ただこのモリヤ山に関しては僕の勝手な推測としてはソロモン王がエルサレム神殿をこのモリヤ山に建築していることから、そのための神格化として旧約聖書が伝来していく中で書き換えられたものではないかと思っている。
ユダヤ教においてこのモリヤ山を重要なものだということを知らしめるためではないだろうか。
だからモリヤ山でなきゃいけなかったという理由は後からつけられたものだと推測するに、動機にはならない。

3番目の動機。人身御供を滅するため。
主に人身御供は他教で行われているものであり、このイサクの燔祭により他教が「じゃあうちも止めよう」とはならないと思う。基本、宗教というものは他宗教に対して排他的であり、他教の信仰を取り入れることは少ない。
こういったイサクというものを使う形で否定することにより、この旧約聖書の神というものの優位性を確認させる作業であると思われ、イマイチ真実味を帯びない。
だからこの動機を僕は否定する。


最後、アブラハムの信仰心を試すため。
これが一番、動機としてはしっくりくる。
しかし、だとしたら何故なのだろうと思わざるを得ない。

子が出来なかったアブラハム。しかし神の祝福によって90歳にしてイサクを授かる。その時に神は
「星の数ほどの子孫がイサクから増えるだろう」
みたいなことを言ってるわけだ。
だからまぁ、アブラハムはイサクを生贄として捧げよって言われて「え?」と思うよね。ここでイサクが死んだら、あの約束はどうなってるんですか???みたいな。
ここで果たしてアブラハムはなんと思ったのか。
そりゃアブラハムさんに聞かなきゃ解らないんだけども、きっと信仰の篤い人だから
「神が言うのだからきっと意味があるのだろう。」
と恐らくそんなとこか。だけども

「彼はまた、神は死人の中からさえ人を復活させることができると考え、型として、死人の中から自分の子を返してもらったのです。」(ヘブル人への手紙19:11)

という一節から考えるにアブラハムは神が死人を復活させる力があると思っていた。
もしかするとアブラハムは「もしイサクが死んでも神が甦らせてくれるかもしれない」と考えていたのかもしれない。
ということは
「神が言っていることは矛盾(イサクの死≠子孫繁栄)してるからこそ、ここでイサクを捧げても神が復活させてくれる」
と考えて、捧げている可能性があるわけだ。
うがった見方をすると、アブラハムは「まぁ、生き返らせてくれるんでしょ?」と思っていた可能性もある。それは信仰心が深ければ深いほど、神の力を信じているのだからそう思う可能性があるわけだ。
じゃないと矛盾してしまい、まさか「神様の心変わりか」なんて思うはずもないのだから。
そして、信仰心の篤いアブラハムはイサクを捧げる。
で、神からするとそういったアブラハムの信仰心を試したわけだ。

だけどね。
その昔、野島伸司は
「愛するということは信じることですらない。疑わないことだ」
という言葉を残しました。(死んでないけど)

別に野島伸司を信仰しているわけではないのだけども、この言葉は非常に真理を突いていると思う。
アブラハムは今までかなり神に対して信仰心を示している。
それなのに何故にまた試すようなことをするのか。

確かに神はアブラハムにイサクを与えた。そして子孫繁栄するとまで告げた。
結果として、イサクは助かり、約束どおり子孫は繁栄した。
しかし、イサクを生贄として捧げる時点では、イサクの命が費えることにより、アブラハムはこの約束はどうなるんだ!?と考えていたと察するにやはりこれは双務契約ではなく一種の片務契約に近い。
もちろん信仰というものは与えられることを前提としたものではないのだろうから、片務契約でもいいのだろう。

だけども、神は疑っていたということか。
神はアブラハムを愛していなかったのか?
逆にもしアブラハムが神に対して矛盾を感じたらそれは神を愛していなかったということになる。

信じるものは救われる

これは完全なる結果論であり、約束されたものではないということだ。
しかも神を信じていなければこのイサクの燔祭の行為は行われない。

アブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ。」彼は答えた、「はい、ここにおります。」み使が言った、「わらべに手をかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子さえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った。」(創世記22:10~12)

という節があるのだが、簡単に言うならば、神を信じ、その信じた神のお告げに従い、そして神に止められ、より神への信仰を深める。
なんかね、ここにものすごい矛盾を感じてしまうわけですよ。

この話に限らず様々な宗教に関する逸話というものはいわば、壮大な自作自演なわけだ。

ドラマTRICKなんかでもよく新興宗教が扱われていたが、その多くがやはり奇術のようなものであり、それによって起きたことを「奇跡だ」といって信仰を深めるきっかけとしている場合が多い。
中島らもの「ガダラの豚」という小説にも似た様な話があった。
これはドラマだけの話ではなく、事実として新興宗教では用いられている手法である。
別にこの「イサクの燔祭」を奇術だというわけではない。

宗教にはドラマが必要なわけだ。
本来、信仰により得られるものがあるとするならば平穏無事であるはずなのに、そこに出来事を求める。
宗教はドラマチックでなければならない。

まぁ、このアブラハムとかイサクとかが実在したか否かすら解らないし、キリスト教的には、イサクの代わりに生け贄にされた羊は神がキリストを人の罪の贖いのための生贄にするという、救いを示唆・象徴しているとされているし、自分が焼かれる薪を背負っているイサクは十字架を背負ったキリストの示唆・象徴と言われているが、そういったことから考えてもやはり宗教的な逸話として使用されていると考えるべきなのだろう。

とまぁ、ここまで書いてきて、一体この話の何が解せないのか。

神からの試練であっても我が子を捧げ、そして我が子に刃物を振るうのか。

これである。
信仰というものはそんなにまでしなければいけないものなのか?
神というものはそこまでして信仰を求めてくるのか?
僕は子供は居ないから、現実味を持って考えることは出来ないのだが、僕には出来ない。

自分の愛する子供を捧げることを求める神なんてくそくらえだ。

試練を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。(ヤコブの手紙1:12)

とあるけども、その求めに応じ、結果論として冠を受けたって、そんな神なら背いてやる。

だから、そこまで求めてくる神というものを僕はどうも信じることが出来ないのだ。

例え人間が愚かで、間違いを犯す生き物であっても、自分の感覚を越えてまで信仰に無条件に身を捧げることは出来ない。
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恐怖のゴミ捨て場。
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ゴミを捨てようとマンションのゴミ捨て場を開けると気配を感じた。
視線を落とすと…ぎゃあー!!!…生首が!

…同じマンションの美容学校生が捨てたマネキンのゴミでした。

でもこれはわざと視線が合うように捨てたとしか思えない。
明るいからマネキンだとすぐ解ったが、夜だったら勘違いして通報しかねない。
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雪の降る街。
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少ない雪と言えど、今日くらい雪が積もると福岡ではいたるところにちっちゃい雪だるまが作られます。

その中で見つけた結構デカいやつ。

顔だけの雪だるま。
いや、胴体がないからだるまじゃないな。

交通網は麻痺するし、寒いけど、たまには雪も悪くない。
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男子ごはん。
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日付変わって昨日の晩御飯。

10日の朝にやってた男子ごはん(ケンタロウさん&国分太一君の料理番組)のメニューがあまりに美味しそうだったから作ってみた。


欲張りハヤシバーグ


ハヤシライスのデミグラスソースで煮込んだハンバーグ。
ハンバーグ、超でけぇ!
ハヤシライスうめぇ!
元々、好きな食べ物ベスト5に入るくらい煮込みハンバーグが好きだから、そりゃもう言わずもがなで美味い!

がっつり満足な晩御飯で御座いました。

男子ごはんHP→http://www.tv-tokyo.co.jp/danshigohan/
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トラのパンツ。
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お昼ご飯を買いに行ったパン屋で見つけた寅のパン。
そのかわいさに即購入。

焼きたてだったからか、持ち帰りかたが悪かったのか、持って帰ってきたらペシャって…。
なんとも無残な寅野郎。

ちなみに中にはクリームが入ってました。
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DATE: 2010/01/05(火)   CATEGORY:
遅ればせながらの初詣。
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初詣に行き、何故か体調が悪くなり、38℃の熱。
そりゃないぜ。
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DATE: 2010/01/03(日)   CATEGORY: 旅行
吉備SA。
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こういった、その土地にちなんだキャラクターのハリボテってあるけど、なんかこう、もうちょっとキャラクティックに作れないものか…。
いくらなんでも顔ゴツゴツし過ぎだろ。

ちょっとだけ島田秀平(手相芸人)に似てるよね。
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