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DATE: 2005/11/09(水)   CATEGORY:
携帯と自分。
携帯というものを持ち出して、人間は脆くなった。
便利なのは承知の上。
人間本来の五感が鈍ったといっても過言ではない。
これは携帯に限らず、カメラ、ビディオの発展にもよるところが大きい。

例えば、旅行先。
携帯で思い出を撮る人々。
思い出というものを何かしらかたちに残しておける現代。
携帯を開けば、誰かの写真が入っている。
あの時の皆の思い出が入っている。
しかし、僕の中にその思い出はつまっているのだろうか。
写真やビディオを見なくても情景を思い出せるのか?
風景を思い出すことは出来ても、携帯に感情は記録できない。
デジタルという、小さなメモリの中に思い出が存在する。
僕という、アナログでもデジタルでもなく、唯一無二の人間。
その存在は何なのか?

例えば、駅のホーム。
気持ち悪いくらいに携帯をいじってる人々。
「寂しい」と思えば、誰かにすぐ電話できる。メールできる。
それで寂しいという気持ちを埋めてしまうことは出来る。
一時的な感情は満たされる。寂しいはなくなる。
でも、すぐに同じ感情が湧き、また携帯をいじる。

「寂しい」と思った時、自己の中にとてつもない孤独を抱き、それと戦う。
そしてそれに打ち勝たなければいけない。
それが、人間本来の姿ではないだろうか。

孤独で生きている人間はいない。
人が人として生活している以上、多少の係わり合いは存在する。

便利な世の中になり、何もかもが満たされすぎたのだ。
昔から人が一人で生きていたとは思わない。
しかし、デジタルの発展により、自己と向き合う時間が減ったのではないか?
自己を考え、自己を見つめ、自己を分析する。
そういった作業というものが圧倒的に少なくなった気がする。
少なくとも僕はそうだ。
誰かに負担をかけることで、自己の中にある何かしらの欲求や感情を軽減しようとしていたのだ。
それによって、何一つ解決になっていないことを解っていながらも。
自分と向き合うことで得られるものは多い。
それを得られるチャンスを無駄にしていないか。

他人に依存せずに生きていけなくなったしまった自分。
自己を見つめ直さなければならない時が来たようだ。
自己の苦悩、葛藤と向き合っていかなければならない。
己の寂しさを己で消化できなくなっていたのだ。

携帯電話を持ち出して早10年。
僕はこの小さな箱なしには生きれなくなっていた。
今一度、僕本来の感情を見つめなおす時間が来たようだ。
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COMMENT

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九州しょうゆ味 | URL | 2005/11/09(水) 11:07 [EDIT]
私にはとても刺さる言葉です。
ああ、迷惑をかけていたんだなぁ、と。
「携帯から離れよう運動」自体は何度も挑戦してみたいのですが、成功した試しがありません。完璧に依存している私がいます。食事中、部活の休み時間中くらい携帯を見ずに過ごしたいものです。朝起きれば真っ先に、もうそれは条件反射的に携帯を探す自分がなんだか寂しいです。

タスマニア動物園 | URL | 2005/11/10(木) 03:05 [EDIT]
いや、依存する生き方もあるので一概に悪いとはいえない。
実際、おいらもずいぶんな依存症の人間だからさ。
でも、ここ一週間くらい携帯の電源を切っていた(朝2時ごろから夜22時まで)けども、意外とダイジョブよ。元々、携帯がない世界で生活してこれたわけだし、なくても最初はキツいけど、慣れたらなんちゃない。このまま解約してもいいんじゃないの?ってなくらい。
便利なものが出来ていくほど、人間は人間らしさを失うと思う。そうならないように日々自分自身を磨いていってねw

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