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DATE: 2006/02/11(土)   CATEGORY:
神道?仏教?キリスト教?
友人のBLOGにコメントとして以前書いたんだけども、それをちょいと加筆修正して掲載。

日本人の「」というものについて。

一般の日本人においての信仰っていうか「神様」って概念は八百万の神とか言われてるよね。
「千と千尋の神隠し」とかもその最たるものだと思うわけ。

日本人の無宗教的な文化がこの「八百万」ってものの主を占めてるんじゃないかなどと勝手に思ってるんだけども、小さい時とかは特に仏陀だとか、イエス・キリストだとか、アッラーだとかを考えずに「ひとつの神様」と考えてたんじゃないかなって。
この前も創価学会から勧誘された話で書いたけども、神ってのは自分の中に存在するものだろうし。

それから知識がついて神様というものが各宗教に分類されてきた。
例えばクリスチャンの人は「イエス・キリスト」って神様の意識が強いのだろうし、他も然り。
けども、未だに僕たちが神頼みなんかをする時に心の中で願う(祈る)相手ってのはなんか漠然とした「神様」、そう、幼少時に抱いていた縛りのない(?)「神様」と同じ存在に対して願っているんじゃないかなって思う。

んで、次はこれまた特有のお賽銭というシステムに関して。
日本人のこれもまた特異性というか、実際に神に救いを求めてる人がそんなにいるわけじゃないと思うのよさ。
初詣にしても仏教の多い日本じゃ本来は寺に参りに行くべきなんだろうけども、みんな神社行く。
ってか、初詣で寺とか考えたこともないしな。
これは儀式というか、通例や慣例として神社に行ってるわけで、そこに信仰的なものは存在してないと思う。

日本人のそういった宗教への考え方からして「教会」も「神社」も「寺」にいる神様っていうものに大差を感じてはいないんじゃないかと。

だから金を入れるのも「ご縁がありますように」っていう駄洒落じみたとこからきた5円を入れるように、大した意味や意義を感じちゃいないんだと思うんだよね。
なんかそれから
「5円玉=縁起がいい」
みたいなイメージがわいちゃってるわけだし。
デパ地下やラーメン屋でみんなが並んでるから
「行列=きっと美味いに違いない」
と思い込んで並ぶ。
神社の賽銭も

「みんなやってる=なにかご利益があるに違いない」

ってどっかで思い込んでやってるとこがあるんじゃないだろうか?
『みんながやってるからやろうかな』なんていう実に世俗的な行いが大半だと思う。
最近は「個性個性」と叫ばれてるけど、ナンダカンダ言ったって、個人主義ではなく五人組とかでやってきた日本では「個性」というものを追求せずに「社会主義」的なものがあって、『赤信号みんなでわたれば怖くない』じゃないけど、共同体ってものを重んじるとこがあるから「他の人に置いていかれたくない」ってなとこがあるんじゃないでしょうか?
民族性に染み付いているというかさ。

池とか水を見つけると金を入れるのも、最も多いのは京都なんかの寺社の池に放り込まれているお金で、これは「水神様」を信じて、賽銭と同じ考えで金を入れた人がいて、それに続いてみんな適当に金を放り込んでるんじゃないかと思う。
んでいつからか
『池を見つける=賽銭を入れる』
なんて慣例ができたのじゃないかと。

そう考えると無宗教な日本人ってのは信仰を持たないのに必要な時にだけ神に頼る身勝手な存在が多いんだなぁって思う。
昔の日本人は宗教とかよりも自分たちの生活(戦後復興、高度経済成長期然り)を豊かにすることに全力を注いでいたけども、不自由ない生活になったからこそ、大きな目標ってものがなくなってぽっかり心の中に空虚な部分が生まれ、今まで(この言い方はおかしいかもしれないけど)宗教に頼らなかった人たちが不況や社会不安なんかの闇にはまった時に、正しい宗教(何が正しくて何が間違いかはあえて語りませんが)ならいざしらず、大きな声で自分の主張を言うだけの訳の解らない金儲け目的の新興宗教にはまっちゃったりするのかなぁーって。

おっと最後のほうは全く関係ない話になっちゃった(汗

ま、そういった風習とか慣例とかを重んじちゃうってとこが日本人のいいとこだとも思ってるけど。





今日の一言。
「今日からトリノ開幕!寝れない日々が続きそう。うにゃー!」

             ♪東京ミッドナイト/大塚愛
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shida | URL | 2006/02/11(土) 07:46 [EDIT]
有名な某マンガより
「神の御姿は心に描く」というような台詞があったけれど
昔の日本人はそうゆう風にしてたのかも
いまは風習しか残ってないけれど。
なんにせよ見えないものを信じ何がしかのアプローチを
しようとするらしさというのは少数のようで
いまいち外来語では「ファンタジー」のようなものを
上手く汲み取ることのできる人は減ってきたことに
少し物寂しい。
妖精はいる!とかそんなやつは幸せな人としか思われない。
「なんだかなぁ~。」ですよ。

タスマニア動物園 | URL | 2006/02/13(月) 03:06 [EDIT]
確かにそうかもしれんな。
なんか現実主義に人たちが圧倒的に増えた気がする。
芝居なんかに現を抜かしていたらバカにされちゃうのよさ。
shidaはそれを上手く汲み取って、作品という具現化して、披露しちゃってよ。
おいらも妖精はいると思うぜー。でも昔アウターゾーンに載ってたような悪い妖精もいるから怖いなー。

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